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| City104|> 中東・北アフリカ地域の宗教と文化 >vol.8
久山宗彦 (くやま むねひこ)
1939年 京都府生まれ。
東北大学大学院修了。ハワイ・イオンド大学名誉博士。
1976〜78年 カイロ大学文学部日本学科客員教授。法政大学教授,
星美学園短期大学長を経て、現在、カリタス女子短期大学学長。法政大学講師。元「イラクの子供たちを救う会」代表。
新共著に「イスラム教徒とキリスト教徒の対話」(北樹出版)がある。
「日本・中東アフリカ文化経済交流会」(JMACES)会長。
日本イラク文化経済協力会規約(NICE Society)会長。
中東・北アフリカ地域の宗教と文化
第8回 『アメリカの「同時多発テロ事件」後に思ったこと』 (その4)
                          −イスラエル

 ユダヤ人もパレスチナ・アラブ人も啓典の民として、かれらには神(アッラー)と共に歩み、神と共にこの世が終わるという明確な世界観がある。神自らの意志と方法によって歴史は終わるという点でも、大半がユダヤ教徒であるユダヤ人と大半がイスラム教徒であるパレスチナ・アラブ人は一致している。歴史は確かに多くの非宗教的な歴史観が語るように、国が生まれてはそれが滅び、戦争が勃発してはそれが終結していくというように、これらはそのままだと段々滅びに向かっていくことになるが、真の平和を求める新たな視点の真剣な取り組みが互いになされるなら、啓示宗教が語るように、この世はいつか真の共同体(=天国)がつくられ、それによってこの世界の使命は果たされることになろう。だが既述したように、現在、敵対して闘っているユダヤ人とパレスチナ・アラブ人は敵対行為を回避しようとすること以外、心の余裕はなさそうだ。

 さて、両者の敵対という深刻な状況にあって、かれらと兄弟関係にある欧米の、そして全世界のクリスチャンはパレスチナ地域の本当の平和のために、これまで一体何をしてきたというのであろうか。確かに現教皇ヨハネ・パウロ二世は平和への道筋をはっきり示され、イスラエル国内でのたび重なるテロ行為は何の解決にも繋がらないと明言し、これを徹底批判しておられる。だがクリスチャン市民のかなりの部分はと言えば、勿論聖書からは学んでいるのだが、例えば、現代のイスラエル国家の再建は聖書の予言が成就したものであると信じ、イスラエル政府に異議を唱えることは神に異議を唱えるのと同じである、と未だにかような思いを抱いているのである。このクリスチャンの態度は、神が我々に対して自らの義務を果たし責任を取っていくよう啓示なさったことと、神が我々に語ったことは成就していくということの間に大きな相違があるのを見落としていることからくるのだと私は思っている。

 イスラエルにおけるユダヤ人とパレスチナ・アラブ人の敵対行為に対してキリスト教的な、すなわち、当事者の姿勢とは違った視点を明示し問題解決への重要な示唆を与えることが出来るのは、かれらの兄弟クリスチャンであろうから、クリスチャンは両者の敵対関係のなかへ新約聖書的発想を新たに具体的に注入していかなければならないと私は思っている。そのためには、これまでクリスチャンに散見される現実を見ないか、あるいは現実を甘く見て聖書的発想をただただ表明している姿勢は卒業しなければならないのではなかろうか。

 以上、私はユダヤ人の選民思想とパレスチナ・アラブ人の非選民思想から生ずると思われる両者間の敵対行為について記し、両者と兄弟であるクリスチャンが、この敵対行為を真に解消させる力になれるのではないか、この点を模索してきたのであるが、結論として,私は敵対行為解消に本当に貢献出来る発想はキリスト教、すなわちキリスト・イエスの選民思想にあると思っている。いうまでもなく、キリスト・イエスはその受肉(incarnation)から十字架上での生け贄、そして主としての復活という生涯を送られたが、このことは換言すれば、正邪を峻別なさりながら敵対する者には特に愛をもっての徹底した連帯姿勢で当たられたということである。キリスト・イエスに倣ってこの真の連帯、真の謙虚な姿勢を愛をもって貫く者こそ、神によって選ばれた民であって、この姿勢こそ、敵対行動に終始する当事者に最も欠けているものではあるまいか。

 クリスチャンはユダヤ人とパレスチナ・アラブ人間(かん)の生々しい敵対関係を直視し、新約聖書のあらゆる場面で見られるキリスト・イエスの謙虚な連帯精神をもって――これは既述した父祖アブラハムにもはっきり見られ、普遍的原理と言ってもよかろう――自らの政治的・倫理的、そして軍事的判断までも明確にしていかなければならないのではなかろうか。


つづく

※久山先生は「イラクの子供たちを救う会(平成11年8月13日に目的を達成し解散)」の代表として約10年間に渡り先頭に立ってNGO活動を推進されました。現在は、日本と中東アフリカ地域の関わりに関心をもつ内外の人々の交流を図る「日本・中東アフリカ文化経済交流会」(JMACES)を設立、毎月1回講演会を行います。
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