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| City104|> 中東・北アフリカ地域の宗教と文化 >vol.10
久山宗彦 (くやま むねひこ)
1939年 京都府生まれ。
東北大学大学院修了。ハワイ・イオンド大学名誉博士。
1976〜78年 カイロ大学文学部日本学科客員教授。法政大学教授,
星美学園短期大学長を経て、現在、カリタス女子短期大学学長。法政大学講師。元「イラクの子供たちを救う会」代表。
新共著に「イスラム教徒とキリスト教徒の対話」(北樹出版)がある。
「日本・中東アフリカ文化経済交流会」(JMACES)会長。
日本イラク文化経済協力会規約(NICE Society)会長。
中東・北アフリカ地域の宗教と文化
第10回 『アメリカの「同時多発テロ事件」後に思ったこと』 (その6)
                          −イスラエル

 イスラムはユダヤ教・キリスト教の流れを受けて誕生した、先輩とは兄弟の宗教であるのに、このところ特に欧米のキリスト教世界対イスラム地域と対峙させて語られるように、現実には両者間の政治姿勢・武力外交などの問題で、視点や判断について非常な違いが見られる。この相違は歴史を振り返りつつお互いがよく理解し歩み寄っていこうとしなければ、その克服である友好関係の構築は難しいのではないかと私は思っている。

 アメリカ同時多発テロ事件から数日後のブッシュ大統領の演説に、今回のテロとの戦いは十字軍の戦いだという表明があった。しかし、現在ヨハネ・パウロ二世教皇ご自身が中東訪問の際や他の機会に何度も謝罪なさっているように、数多くの特にカトリック者にとって、<十字軍>は心に刺がささったような後悔を感じさせる言葉になっていると思われる。そうであるならば、被害者である中東及びその周辺の人たちにとってはなおさらのこと、ブッシュ氏が発した言葉は、彼らの神経をあまりに逆撫でするものであり、彼には中東地域の善意あるイスラム教徒の立場に立っても見ていくという配慮がなかったように思う。今後、欧米がイラク等の中東地域で<十字軍の戦い>を再開し、無辜の民を次々殺していくようなことになれば、この地域のイスラムの人たちには、かって赤い十字を胸に縫いつけた十字軍兵士が中東の人たちを数世紀に渡って殺害していったことと重なってきて、十字架上のイエスや、キリスト教に通ずる赤い十字は人を蔑むシンボルだと改めて強烈に認識することになろう。きわめて残念なことであるが、これによってイエスの十字架上での御受難の本来的意味は、彼らの門前で閉ざされることになる。

 ところで、大胆なテロ行為を指揮したとされるビン・ラーディンは、パレスチナ・イラク・サウジアラビアの問題が未解決なのは、アメリカが悪の根元に深く関わっているからだ、と豪語していたが、そのように極端な二極性をとらない、バランス感覚のかなり見られる中東及びその周辺のイスラム教徒でさえ、これまでの、また今後の欧米キリスト教国家による和平の発議に対して、一般になぜ不信の念を抱くことになるのであろうか。それには主として三つの理由があると考えられる。

 一つは、キリスト教徒・ユダヤ教徒や他の信徒にそれぞれ信徒としての誇りがあるように、イスラム教徒にももちろんプライドがあるということである。かってイスラム教徒のエジプト人が私に話したことであるが、彼は「イスラム教徒にクリスチャンに改宗する意志があるかどうか尋ねることは、大学卒の者に幼稚園まで戻る意志があるかどうか尋ねているようなものです」と語っていた。

 第二は既述した、いまだ尾を引いている十字軍問題が関係する。赤い十字を縫いつけたかつての十字軍兵士を彷彿させる今日の欧米の軍隊とそのリーダーには -ほとんどはキリスト教と関わっている者であろう- 根強い不信感があるようだ。だがここで誤解してはいけないことは、イスラム教徒はイエスご自身に対してはきわめて篤い信頼感をもっているということだ。

 第三はパレスチナ問題だと思う。イスラエルの建国については、ユダヤ人・キリスト教徒・英国・アメリカ、それぞれの立場で色々な思いがあったのであるが、中東パレスチナ・アラブの人たちはこの建国を昔も今も潜在的にどのように見ているかと言えば、イスラエル国家は、十字軍の戦いとは別の、欧米キリスト教世界からのもう一つの侵略行為であるとしてきたということである。

(今回は「カトリック生活」第871号(ドン・ボスコ社)(2002.1)に寄稿した拙文に、若干、加筆訂正させていただいた。)


つづく

※久山先生は「イラクの子供たちを救う会(平成11年8月13日に目的を達成し解散)」の代表として約10年間に渡り先頭に立ってNGO活動を推進されました。現在は、日本と中東アフリカ地域の関わりに関心をもつ内外の人々の交流を図る「日本・中東アフリカ文化経済交流会」(JMACES)を設立、毎月1回講演会を行います。
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