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浅間社長のぼやきダイアリー

11月29日(月)
ところで今や忘年会でカラオケ真っ盛りです。先日の忘年会では苦手で歌えないのは私のみ。お酒もダメな私はカラオケぐらいは付き合わなければとも思いますが、音痴ではそれも出来ない。昔ならみんなで大声で歌って音痴でも結構楽しめたのに。カラオケを恨めしく思う今日この頃です。

11月26日(金)

カラオケの経済貢献は大きいと思う。しかし、これが本当に日本経済に良いことばかりでしょうか。私は特に観光地の温泉旅館にとっては大変な打撃と思っています。過去には大企業のほとんどが団体慰安旅行を企画し、年2度ほどバスを連ねて大イベントの温泉旅行を行っていました。いわゆる全社員が温泉旅館で、演芸会等でドンチャン騒ぎ、社員の慰安と親睦、そして上司とのコミュニケーションの場を図っていました。このころの温泉旅館は大盛況でした。ところが、カラオケが流行ると気の会った少人数でも自己発散ができ、充分楽しめる。人数が多いのは返って煩わしい。嫌な上司と付合いたくない。などなどの理由で団体温泉旅行企画は敬遠されるようになって温泉旅館が衰退してしまいました。これはカラオケばかりの性では有りませんが大きな要素のひとつと思います。

11月25日(木)

カラオケで井上さんが受賞した「イグ・ノーベル賞」とは、米国のノーベル賞のパロディで、「ユーモアと独自性を持った発明や開発」に贈られるそうです。日本では最近では「バウリンガル」(タカラの犬語翻訳機)選ばれており、井上さんで10番目だそうです。ところで、残念ながら井上さんはカラオケの特許をとっていなかったため、過去にロイヤルティを受け取ることもなかった。また今回の賞でも賞金は無いとのことです。日本全国で夜はカラオケで楽しまれている人が多いのに、そして世界に功績が認められているのに、そのことによる収入はゼロ、ちょっと気の毒な気もします。

11月24日(水)

カラオケの上手はエコーによって決まることは良く知られていると思います。昔マイクロホンの会社にいたことがあります。どのようなマイクロホンが歌を上手に聞こえるように出来るかを検討していました。結局、歌が上手に聞こえるようにするにはなんといってもエコーが必要ということでした。しかし、これは当時は難しいことでした。方法としてはエンドレステープで録音再生を繰り返す(歌手が地方公演のときに持ち歩いていました)か、バネを使って機械的に作り出すか、音の波形を無理やり乱して擬似的に作り出すかしかありませんでした。それを今はICで簡単にできてしまう。これがカラオケ普及の最大のカギであったと思います。

11月22日(月)

カラオケシステムを発明した井上さんが「イグ・ノーベル賞」を受賞したそうです。井上さんは、8トラック・カーステレオにコインボックスとマイクを組み合わせて、世界初のテープ式カラオケシステムである「8ボックス」を世に出しました。これが日本で大変なブームを巻き起こし、今では我々の人生の余暇を楽しむため無くてはならないものとなっております。カラオケは今後も最も世界平和に貢献できるものと私は思っています。世界に普及することにより、人生楽しく戦争なんてしていられないと思うようになるのでは。そうならば井上さんは本物のノーベル平和賞に値するのではと思ったりします。

11月19日(金)

さらに中西先生は経営に関して、情報価値の解らない会社/活かせない会社は伸びない。今は構造不況ではない「構想不況」である。どの会社でも結構活かせる情報価値化資源を持っているとのことである。それでは、わが社にもこのような資源が有るのでしょうか。昨日より一生懸命考えてみたけれど見つかりません。このことが我が社の伸びない理由なのでしょう。「お楽しみ袋」を頂いて喜んでいる場合ではない。自分自身のことですが困ったものです。

11月18日(木)

渋谷・中野支部企画のデザイナの中西元男先生の講演ではブランド戦略についての話ですした。ブランドには見えるブランドと見えないブランドが有るそうです。そこには文化が無いと尊敬されない。そして「良いブランドやデザインは放っておいても一人歩きしてくれる」とのことです。確かに中西先生自身が良きブランドそのものなので、先生のデザインは放っておいても一人歩きする。大企業が挙って先生にデザインをお願いすることになる。それがまさにブランドとは何であるかの回答であると思いました。

11月17日(水)
昨日の企業家同友会の「東京経営者研究集会」に参加しました。
セミナーとしては13時から渋谷・中野支部企画のデザイナの中西元男(CIの日本における第一人者)の講演に出席しました。16時からは我が新宿支部の「首都圏ビジネスの展望と可能性」と題して、東京、神奈川、埼玉、千葉の各同友会の元気な企業(各同友会理事)によるパネルディスカッションを聴講しました。どちらも面白い企画で大変勉強になりました。さらに帰りにはじゃんけんで勝って「お楽しみ袋」を頂くという、おまけが付きました。そんなことで大満足な一日でした。

11月15日(月)

明日は16日(火)は、弊社が所属している中小企業家同友会が約1年間かけて企画立案した「東京経営者研究集会」があります。
どなたでも参加できます。奮って参加ください。

概略は、下記の通りです。
1,3種類の時間帯の選択肢がある15の分科会(有料)下記Webで内容参照
2,100社が参加のブース出展会場でのビジネス交流会(無料)
3,交流の夕べ会場は、いろんな飲食が出来る交流会(入場無料飲食有料)
4,ビジネス実践倶楽部の交流イベント
5,会員の皆様より寄せられた品々を超破格値で即売する
  児童虐待防止のためのチャリティバザー
6,来場者にハワイ旅行があたる抽選会等
以上、入場は無料です。(飲食代は各自負担)
ただし、15の分科会のセミナー受講の場合は有料(5000円)

11月12日(金)

ついにアラファト議長が亡くなった。これを機になんとかパレスチナとイスラエルが和平できないものかと思う。兎に角、イスラエルのパレスチナ弾圧が終わらなければ、イラクでのテロだって無くならない。ブッシュ大統領もそれを理解し、イスラエルに自制を求め、和解に最大限の努力をして欲しい。それがテロの撲滅に一番必要なことである。

11月11日(木)
友人(カサーブ博士)の国イラクは今、自由で民主主義の国への生みの苦しみに耐えている状況と思う。戦争初期の頃は、犠牲者も少なく、アメリカの戦争終結宣言も早く、これで最少限の犠牲で済んだはずであった。その後の混乱は目を覆うばかりである。アメリカ軍による強行手段は今度で最後にして欲しい。

11月10日(水)

米軍のファルージャ総攻撃、犠牲者の少ないこと祈るのみです。

11月9日(火)
中越地震被災地への天皇、皇后両陛下のお見舞いを知って、ほっとさせられたのは私だけではないと思います。遠く離れ被災者の方々に声すらかけられない、このようなわれわれを代表して被災地の方々に親身になって声をかけられる、ありがたい話と思う。その前に日本の最高責任者の首相がお見舞いに訪れてどのような言葉をかけても、単なるパホーマンスにしか見えない。皇室はそれを補って、余りある重みと伝統を感じます。ご苦労なことであると思いますが皇室には、このような弱者に寄り添う姿勢と伝統を、いつまでも守ってほしいと思います。

11月5日(金)

大きな被害、災害がこのへんで一段落して、是非復興に向かって元気を出して欲しい。そして、アメリカ大統領も決まったことでもあり、あらゆることを振り返り初心に戻って、じっくりと対策を練る時と思う。そして来年こそは日本ばかりで無く、世界中が良い年になって欲しいと今から思います。

11月4日(木)

私が入会しているフォトクラブ・写Doの写真撮影会が浅草から浜離宮までの間で催されました。季節の花とのことでコスモスを撮ってきました。可憐な花で素敵ですね。


11月2日(火)

香田さんの死は我々に沢山の教訓を与えていることに気づく。占領軍に加担し軍隊(自衛隊)を駐屯させることは、如何に平和目的のためと理屈を言っても、占領軍と同一と見做され、その敗戦国の誇りを傷つけることになる。そして、ひとたび戦争になると人間の善意や正義は全く無視されることになる。日本中が自己責任を声高に叫び、福田元総理の「人命は地球より重い」と貫かれた人命重視の国ではなくなってしまった。日本の政治は人命より国の方針が優先する。そんな国になってしまったことを知る。

11月1日(月)

イラクでテログループに拘束され殺害された香田さん。本人にとっても無念な結果に終わったことと思う。香田さんは、かって知ったイラクの知人との交流でイラクの窮状を思い、何か役立てることは無いかと思ったのでしょう。危険は承知の上、イラクの知人を訪ねて入国、しかし日本人に対するイラクの国民は、かって香田さんがイラクの知人と知り合って知った、イラク人の日本人に対する友好的な感情は、既に無く米国人と同様になっていたことを知ることになった。その現実の厳しさを知ったときは、もう既に遅かった。このことは、惜しい若者を無くしたと同時に、日本はイラクで特別な友好国ではなく、既に米国の単なる支援国になってしまっている残念な証でもあると思う。


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