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浅間社長のぼやきダイアリー

7月30日(金)
昨年の日本人の平均寿命は女性が85歳、男性が78歳で、男女ともこれで4年連続で過去最高を更新したそうです。大変めでたいことと思う。しかし、一方自殺が最多の2万3377人に昇ったそうです。イラクの戦争どころではない。これは、強引な不良債権回収などの原因による不景気が特に弱者に厳しい結果になっていると思える。大企業が倒産しても経営者に全負債の責任は問われず、税金を投入して救済されることすらある。零細企業は個人保証で全財産を没収される。さらに銀行の貸し渋りで高利に手を出し、経営に関係の無い連帯保証人に迷惑を掛ける。先行きに希望がもてず死んでお詫びする悲惨な結果になっている。日本は不公平な経済システムによる犠牲者が自殺で「自己責任」を果たすしかないのが現状と思う。戦争どころの話ではない。

7月29日(木)

24日に「自己責任論」とは何だったのかを検証する、シンポジウム「今問い直す『自己責任論』」が文京区の東京大学で開かれたそうです。大学教職員有志らでつくる団体の主催で、自己責任論の矢面に立たされた高遠さんの冒頭、近況報告があったそうです。大阪市立大の滝川助教授が当時使われた自己責任の意味を学問的に分析し発表。そして、作家の高橋源一郎さんが「あのように言葉が乱暴に使われた場合に抵抗しないといけない」と語ったそうです。一部マスコミや軍事評論家が「自己責任」を主張していた。反省して欲しいと思うが無理でしょうか。

7月27日(火)

今回のイラクにおける拉致事件に対するフィリピン人の国民性と、日本における拉致事件にたいする国民性の違いがハッキリと出ました。被害者家族は堂々と撤退を政府に要求し、政府もそれに答えて、イラクの反米武装勢力の要求通りに軍を撤退させた。大統領ともども人質解放に喜びあったフィリピンの人達。それに対して、日本においては「自己責任論」が世論に沸き上げり、被害者家族の政府に対する悲痛な要求もブーイングに会う始末。かっての「人の命は地球より重い」と人命第一主義、平和第一主義であった日本は何処に行ってしまったのでしょうか。

7月26日(月)

集中豪雨での被災者に「不幸にも被害を受けられた方々に少しでも援助になれば幸い」とドリームジャンボの一等の2億円を寄付された方がいます。このような人がいる日本は、まだまだ捨てたものではないと思う。1部なら分るが全部を寄付するとは。しかし、一等に当って人生が狂わされた方もいると聞きます。余計なお節介かもしれませんが、このような素晴らしい方なら、同時に前後賞に当っていて、その1億円分は手元に残して有意義に使って、幸せな人生を過ごすことは間違いないと思います。それにしても、明るい話であるが、羨ましくもあります。

7月22日(木)

先週の日曜日に横浜開港みなと祭の「国際花火大会」で始めて花火の写真を撮りました。花火の撮影は花火を画面の中心に持っていくのは大変難しいと思いました。


7月21日(水)

今年は関東地方が猛暑で、千葉では40度を越す記録的な酷暑となっている。これも地球温暖化現象によるものなのでしょうか。一方では、新潟、福島、福井などで、何十年に一度の集中豪雨となり、命を落としたり、家を流されたりした気の毒な方々がいます。心よりお見舞い申し上げます。このような災害を未然に防ぐよう、早急に環境を見直し対処すべきと思う。

7月20日(火)

民主党の岡田代表が「朝日ニュースター」の番組収録で、憲法改正について「九条は自衛隊も違憲になる。国連を中心とする集団安全保障活動の参加のためには、海外での武力行使が認められるよう書き換えればいい。」との主旨を述べたそうです。えー。民主党までも九条を改定して海外派兵を進めるの。民主党は九条はそのままで自衛隊の別組織を作り国連軍に派遣し、国連軍の一員として戦闘以外の活動をするのではなかったのですか。私の大変な思い違い?

7月16日(金)

首相の私的諮問機関「安全保障と防衛力に関する懇談会」で現在の武器輸出3原則に関わる政府見解で、武器輸出の全面禁止が行なわれている現状を改め、国際紛争を助長しない範囲で武器輸出を認めるべきだとの意見が相次いだそうです。現行の武器輸出全面禁止の継続を求める意見はなかったそうです。自衛隊の海外派遣ばかりでなく、経済的にも日本の平和主義がどんどん変って、恐るべき死の商人へ突き進む気がしてならない。

7月15日(木)

今回の選挙結果から、日本国民のほとんどが平和を大事にするとの結果が出たと思う。もし次ぎの選挙で憲法9条の改正が争点となった時は、今度は社民党が大躍進すると思う。その時まで社民党は頑張って欲しい。しかし、自民党のほとんどが9条の改正に賛成であるとの現実がある。それに対抗するには社民党は民主党に合流し、平和憲法堅持を民主党内で主張し、説得し、民主党を是非その方向に持っていって欲しいと思う。しかし、それには今の社民党の国会議員の数が少なくなりすぎ、相手にされず無理のような気もします。

7月14日(水)

今回の選挙で日本国民は民主主義を大事にする、素晴らしい国民であると嬉しく思う。2大争点だった年金と自衛隊のイラク派遣問題。これに対する強引な進め方に待ったを掛けたものである。そして今回のように自衛隊の歯止めの無い派遣を既成事実化して、米国に追従して、これまでの平和主義国家の日本を間違った方向に進まぬようにとの国民の意思の現れと思う。是非、小泉首相には、この国民の意思を大事にして、自衛隊はあくまでも自国の自衛のためで、他国で米軍への協力等の軍事行動するもではないとの方向で進めて欲しい。小泉首相の前の歴代の首相が、そうであったように、とにかく慎重に進めて欲しい。

7月12日(月)

曽我ひとみさんと夫のジェンキンスさんの再会のシーンは感動的でした。曽我さんの家族の想いはこれほど強いんだ、と訴えかけるものでした。家族の絆の大事さを日本国民全員に考えて欲しい、それを曽我さんは行動で示されたものと思えてならない。このことが、昨今の日本の家族の崩壊や心の荒廃などで失ったものを、あらためて浮き彫りにされ、最も大事なものは何かに気づかされた気がする。これを機に、私もこれからは意識して家族の絆を大切にしなければと思う。

7月9日(金)

いよいよ7月11日に参議院の選挙が行なわれます。後で後悔の無いように、棄権せず、大切な権利を行使しましょう。私は過去の投票では特定の党派にこだわらず、その時点に最良と思える人や党に投票してきました。いわゆる無党派層に相当しますが、棄権することはほとんどありませんでした。

7月8日(木)

橋田さんの遺志をついで左眼の治療のため、来日したサレハ君が無事手術も終わり、昨日7月7日に帰国のため、羽田空港を出発しました。日本ではディア君が来日中、通訳としてサレハ君に付き添いました。TVの出演などもあり、ディア君は大変疲れて、帰国前日の6日に喘息の発作を起こしてしまいました。電話で話した時は、ぜーゼー苦しそうでした。そして今日一日休んで明日サレハ君の通訳としてヨルダンに一緒に出発するとのことでした。長旅であり喘息が心配ですが、ディア君も無事責任を果たして帰ってきて欲しい。

7月7日(水)

今、選挙戦たけなわである。自民党の新聞広告に、三党合意の年金改革法案に「衆議院で賛成、参議員では一転して拒否」している。また、イラクについては菅元代表が国連のアナン事務総長に「新たな国連決議があり、国連の活動を支援するための多国籍軍への派遣要請があった場合、わが国もその要請に応えることを検討すべきだ」と発言した。しかし国連の全会一致の決議があったにもかかわらず、自衛隊の即時撤退を主張している。
として約束を守らない民主党としている。
この件はテレビの討論会では良くでる内容で、何度か民主党の答弁を聞いているが、改めて文章で示されると、民主党がどんな答弁していたか良く覚えていない。
本当に正直が売り物の民主党が約束を守らない党なら、考え直さなくてはと思う人は多いと思う。

7月6日(火)

今月9日に曽我さんがジャカルタで再会することとなりました。たとえ選挙がらみであったとしても、人道的な問題で早く実現できて良かったと思う。国や外務省も人的支援はもちろん経費も全額国が負担するのは当然で、そして将来はジェンキンスさんも日本に一緒に帰国して貰おう。そして日本国民全員でアメリカの訴追から守ってあげよう。近くに住むほとんどの人たちも身体を張ってでも守りきることと思う。とにかく、安心して日本に来て永住して欲しい。いろいろな立場にあっても、このことは日本の全国民が共通に願っていることであることは間違いないと思う。

7月5日(月)

今朝3時30分からのサッカー欧州選手権の決勝戦のTVで観ました。どちらも球さばきがみごとであった。そしてギリシャの選手がやたら大きく、そして多く感じた。ギリシャは先制点後も完全な守り入ることなく、最後まで積極的に人数をかけて攻めこんだ。また守りに入るときは完璧でこれならいくらシュートしても点が入らないような気がしました。日本はこれらの強豪に何処まで通ずるのでしょうか。気のせいかも知れませんが、世界の壁は高いとあらためて感ずる試合でした。

7月2日(金)

いよいよイラクは暫定政府に移行し、フセイン元大統領は犯罪者として裁かれることになった。フセインにとっては「全部茶番」と心底想っていると思う。自分はまだ大統領であり、暫定政府は国民から選ばれたものではない。自分は大統領で裁判などせずに極刑に出来た。自分自身に判決を下せるのは、権限のある自分のみと想っていると思う。独裁者にしてみれば「裁判そのものが茶番」だと、思うのは当然かもしれない。

7月1日(木)

今年も半年過ぎました。早いものですね。先日、日光市の霧降高原でニッコウキスゲを見てきました。リフトを3回乗り頂上まで行きましたが、霧が濃く幻想的なニッコウキスゲを見る事ができました。



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